私は、白樺派文学的な、内省派文学的な生き方を誇っていた。
混沌とした社会の中で、仏法僧を尊び、三宝に学びながら生きられる幸せ者だと思っていた。
来月で交際六年目になる、大切な恋人との日々に与えて、与えられて、満たされていた。
この幸せが続く限り、文字通り私は幸せに生きられると信じていたのだ。
しかし、人間はどれ程に人生を賛美しようとも、自らを深く省みる暮らしが習慣化しようとも、
自身の手で照らした筈の場所に暗闇が生じる。内省の成果を、何故か、見失う時がある。
恋人と日常を共にしながら愛されている自覚を、有難い御縁を、無自覚に受け止める日がある。
掴み取ったもの、授かったもの、与えてくれたものを、日々の暮らしに忘れる事がある。
その時、私は、幸せの中にいて不幸を探しているのだ。
満たされた心の中に、不足により生じる空虚を探しているのだ。
これほどに傲慢な状態があるだろうか。私は三十一年を生きて、今、生涯に於いて、最も満たされていながらにして、今日やっとの思いで気づくまで、知足の教えから遠ざかっていた。
悪行は悪行の儘に、悪意は悪意の儘に在る。善行は善行の儘に、善意は善意の儘に在る。
悪は悪で在り、善は善で在る。しかし、悪からの影響を受けた私、善からの影響を受けた私が、次に、明日の私、即ち次の善と悪との判断を担うのだ。
話が変わっている様に思われるかも知れないが、これは地続きの話で、人の幸せとは他者や社会や歴史という膨大な例に学べる点にあり、人の労苦の多くは、その例から自分を守る事にある。
「貪欲に学び、強かに道を行き、有難く生きる」
私に取り、この一文を忘れるまでに、そして思い出すまでにどれ程の年月を要した事だろう。
この度、私が自身の幸せに気づけたきっかけは、他者の不足や過多を観察した結果ではない。
それでは自他の差異による優劣を決めて、相対評価的な麻酔を得る行いと何も変わらない。
私が私で在る事の幸いに気付けた所以は、人々の、不自由である事を認可された身勝手な姿だ。
私に取り、君に取り、あなた達に取り、我々は偏愛の一語を体現するための、武器と防具を好きなだけ用意する事ができる。
だが、唯物的環境、唯心的現象と言う名の獄中或いは平原で暮らしている人々は、偏愛に基づいて与える事も、奪う事も、広める事も、閉ざす事も儘ならない。
大前提である、この一切皆苦の姿を観察する機会を、昨晩の私は与えてもらった。
相手には斯様な心積もりは無かっただろう。
それでも、私の唯識世界にとって一条の輝きだった。私の幸いを照らし、自覚させたのだ。
2026年2月12日 忘れていた私、思い出せた私
日記