2026年2月1日 我が務めを私こそが果たせ

 もしも、私の命を均等に分け与えられるなら、誰に手渡す。
 生まれ落ちてから、出逢い関わってきた人の全てに分けます。
 私は文章を書くだけの馬鹿者ですが、愚者ではありません。
 利己心だけに生きられるほど、道理に暗くないのです。
 それが、私があの若者に教えた、善の体現のひとつです。

 ですが、唯物世界に於いて、命を均等に分け与える事は、
 神仏が原初の人間を生む事よりも難しくて、ですから、
 私は考えました、自身の持ち得る全ての善を、
 文章を書く事しかできない馬鹿なりに、無い知恵を絞って、
 方便を以て説く形で、手を尽くすのです、それが文士です。

 きっと、生涯を通して侮辱され続ける暮らしでしょう。
 それは、人々が他者から斯様な扱いを受ける時、恐れるからです。
 その恐れを取り除いてあげる、無畏施が私にはできる。
「何を根拠に」
 人々は口を揃えて私に異議を唱えるでしょう。それで良いのです。
 そうです、あなた達は何も根拠を持たずとも、生きながらに恐れる。
 そうです、私が何も根拠を持たず、無暗に恐れない事と等しく。

 人のためを想った時、人は、利己心のみで動く時よりも比べ物にならない程の力が発揮される。
 いや、与えられるのです。
 その所以をご存じですか。無私の行いは、全ての人への行いなのです。
 では、私が無私の行いとして、詩作を続けたら、どうでしょう。
 文学に生きる、あと数十年の間、どれだけの力を発揮できるでしょう。
 私にはできる。私以外には、我が務めに励める者がいないのですから。

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